顕微授精について
体外受精治療について
顕微授精を実施するにあたり、患者様・ご夫婦にはあらかじめ同意をいただいております。以下の項目をお読みになった後、説明に納得していただけましたら、同意書に署名をお願いいたします。
顕微授精とは
1978年に世界で初めて体外受精・胚移植によって妊娠した赤ちゃん(Louise・Brown:ルイーズ・ブラウン)がイギリスで誕生しました。しかし、体外受精・胚移植をもってしても、極端に精子の数が少ない方、運動している精子が少ない方といった受精障害のある方々にとっては妊娠することは極めて難しい状況であることには変わりありませんでした。
この状況が大きく変化したのは1992年、ベルギーのPalermoらによって初めて卵細胞質内精子注入法(ICSI)による妊娠例が報告された時です。以後、この方法は急速に世界中に普及し、わが国でも1994年に分娩例が報告されて以来、年々実施件数は増加し、2021年には年間170,350周期に達し、体外受精の実に半分以上が顕微授精となっています。
通常の体外受精・胚移植の場合、卵子1個に対して10万個程度の運動精子が受精するためには必要とされていますが、顕微授精では理論上卵子1個に対して精子1個だけあれば受精が可能となります。つまり、顕微授精では非常に精子が少ない方や通常の体外受精・胚移植では受精できない方などが適応となります。
当院ではこのような重度の男性不妊症や受精障害のある患者様などを対象にして顕微授精を行っています。(この方法での受精率は平均して約60~70%といわれていますが、残念ながら顕微授精でも受精しないこともあります)
顕微授精(ICSI)の方法
具体的な方法ですが、顕微鏡を見ながら専用の針(極細ピペット)で卵子の透明帯を貫通させ、卵子の細胞質の中へ極細ピペット内の精子を1個直接注入します。(上図参照)
この方法以外にも、卵子の透明帯に穴をあける方法(ZD)や顕微授精の一種で卵子の透明帯と卵細胞質の間に精子を注入する方法(SUZI)などがあります。現在では顕微授精といえばほとんどがICSIとなっています。
2012年の日本産科婦人科学会の報告によりますと、106170周期の顕微授精による治療が行われています。この報告では、胚移植周期あたりの妊娠率は19.0%であり、妊娠当たりの流産率は28.0%、胚移植あたりの生産率は12.6%でした。
顕微授精を実施した場合
顕微授精の適応
顕微授精の対象となる方は『顕微授精以外の方法では妊娠の成立が見込めない方』でありますが、以下のような方が対象となります。
- 1. 重症男性不妊症
- 重症乏精子症、精子無力症、精子奇形症、不動精子症などです。精子の数が極端に少なかったり、極端に濃度が低かったり、極端に動きが悪いなどのために、通常の体外受精では受精することが難しいと考えられる方です。
- 2. 既に行った通常の体外受精・胚移植で受精障害があった方
-
すでに体外受精・胚移植の経験がある方では、通常の体外受精・胚移植で受精ができなかった方、あるいは受精率が非常に悪かった方も対象となります。また抗精子抗体を持っている方も対象となることがあります。
具体的には以下の条件に当てはまる場合は、顕微授精をお勧めします。
- 1. 運動精子500万/ml以下
- 2. 運動率50%以下
- 3. 奇形精子85%以上
- 4. 前回正常受精率50%以下
- 5. 胚盤胞(培養5日目)到達率10%以下
これらの場合以外の方も対象になることがあります。担当医とよく相談して顕微授精を行うべきかどうか決定してください。
顕微授精のリスク
顕微授精は自然な受精現象と異なり、人為的に極細ピペットで卵子内に精子を注入します。そのため赤ちゃんへの影響が懸念されますが、現在、日本で顕微授精により年間数千人以上生まれており、通常の体外受精胚移植法と比較して特に危険な治療法ではないと考えられています。通常の体外受精・胚移植による妊娠でも、自然妊娠と比較して流産率が高い(約20%)といわれています。また早産率・低出生体重児・先天異常(染色体異常)・NICU・帝王切開率、それぞれの発生率は、自然妊娠と比較して若干増加すると報告されています。近年の報告では体外受精・胚移植の手技によって赤ちゃんに異常がでるというよりは、体外受精にいたった不妊症カップルのなかにそのような要因があるのではないかと考えられております。しかし、現時点では明確な結論は出ていませんので、今後さらなる検証が必要と思われます。それに加えて顕微授精の場合、重度の乏精子症や無精子症の方の中には染色体や造精機能関連遺伝子の異常を持っている方が含まれていると言われています。このような方の精子を用いて顕微授精を行った場合には、これらの染色体や遺伝子の異常が男の子の赤ちゃんに受け継がれ、結果的にその赤ちゃんも将来男性不妊となる可能性があると言われています。重症造精機能障害のある方で、希望する方は染色体検査を受けることが可能です。なお、卵巣刺激、卵子の採取(採卵)、胚移植などは通常の体外受精・胚移植と同じように行いますので、そのリスクは通常の体外受精・胚移植と同様です。
顕微授精を実施しない場合
不妊症は通常の病気とは異なり、命にかかわることはありません。よって顕微授精をやるかどうかは全て患者様・ご夫婦自身で決定していただくことになります。ただし、顕微授精をお勧めするご夫婦は通常の体外受精・胚移植では受精・妊娠する可能性がかなり低いと考えられ、通常の体外受精・胚移植を続けてもいたずらに時間と費用を無駄にしてしまう可能性があります。前述のように妊娠のしやすさにおけるもっとも重要な要素は女性の年齢です。悔いの残らないような治療法を選択してください。
顕微授精に代わる治療法
精子の状態だけでは受精可能であるかどうかは判別しきれないところがあり、精子の状態が不良であるからといって必ずしも通常の体外受精・胚移植で受精が不可能とまでは言い切れません。しかし、明らかに受精障害があることがわかっている方などにとっては顕微授精を選択せざるをえないというのが現状です。
同意書の撤回について
同意書をいただいた後でも、同意を撤回することはできます。その場合は担当医と、よくご相談ください。また、同意をしなくても、今後の当院での治療において不利益を受けることは一切ありません。
不同意の場合の治療の継続について
顕微授精を実施することに同意できない場合は、担当医と今後の治療方法などについて、もう一度よくご相談ください。
緊急時の対応について
顕微授精を実施中に、予期せぬ事態が発生した場合は、担当医が最善の対処を致します。処置内容などについては担当医の判断にお任せください。
質問の機会について
説明された内容についてわからないことがある場合は、ご遠慮なく担当医に質問をしてください。同意書をいただいたあとでも、質問することはできます。
その他
顕微授精についてのカウンセリングをご希望されるかたは担当医または看護師にお申し出ください。体外受精や顕微授精の成績を日本産科婦人科学会に報告する義務があります。なお、報告する内容に患者様の氏名など個人情報を特定できるようなものは含まれておりません。また、これとは別に当院では治療成績を関連する学会などや論文誌上に発表することがありますが、同様に患者様の個人情報保護に充分留意して行います。
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